茨城町住民の方に根ほり葉ほり聞いてみました!(第31回五里峰区)
茨城町住民の皆さんの所におじゃまして、お話をうかがい、区ごとの特徴をご紹介します。
「移住に興味がある方」「まさに今!移住思案中の方」「茨城町は知らないけれど、お時間の許される方」
ちょっと覗いてみてください。インタビューにご協力いただいた方に次の区の方をご紹介いただくリレー形式で89の区(行政区)を順にご紹介したいと思います。
第31回 五里峰区(ごりみねく)
◇茨城県東茨城郡茨城町小幡(五里峰)◇ 位置:小美玉市に隣接 東へ100m程の側道より |
五里峰区の方にインタビューしました!
地内風景 | 区内県道43号茨城岩間線沿い | インタビュー風景 |
今回インタビューにご協力いただいたのは、小林美智子さんです。
Q五里峰区に住んでどのくらいになりますか?また普段はどんな生活を送っていますか?
東京で生まれ、跡取だった父について、幼い頃に茨城町にきました。年頃になり結婚をし、近隣水戸市に10年位住んでいた事もありました。
息子が小学校の時に、茨城町に戻ってきたので、通算すると60年以上になると思います。現在は夫と2人暮らしです。
約20アールの畑で菊栽培をしています。4月頃から苗を植え、7月から11月頃まで、収穫をします。
また、11月頃からは、お正月用のしめ飾りを作っています。家庭菜園では旬の野菜を作り、自給自足が出来るようにしています。
朝から農作業の他、菊の花束作りをしてJAの直売所に出荷したり、夕方は夫と2人で犬の散歩。そんな一日が過ぎていきます。
趣味は、50年続けているコーラスで、毎週土曜日に水戸へ行き、楽しんでいます。又、町のお話の会「しらゆきひめ」会員として、幼稚園、小学校等に人形劇や、本の読み聞かせを
していますが、コロナ禍の中で自粛を余儀なくされて、ちょっと寂しいですね。私ももう年なので、今年からは、幼稚園だけにしました。
Q五里峰区の住み良い点、不便を感じる点を教えてください。
ここの住所は「小幡」といいます。小幡は4つの行政区に分かれ、その一つが当五里峰区になっています。
茨城町の中でも小幡は歴史的に興味深い地区になっていますが、ここは区内に流れる寛政川周辺の低地を除けば、ほとんどは台地で、すこし行けば、国道6号や旧道には商店や住宅が建ち並び、それ以外の場所は農耕地となっている場所で、国道から1本道をは入れば、自然豊かで静かな環境が整った区。そこが五里峰区です。
20代の頃は、家の農業を手伝いながら、青年団活動ををし、その中で演劇やコーラスと、仲間と共に充実した青春を過ごしましたが、結婚して30代半ばで体調をくずし、1年間の闘病生活を送り、実家に戻って間もなく両親が病気になり、さらに娘も病気という大変な時期がありました。
何とか今日まで来られたのは、自然の中での生活と、近隣の人達の温かい支えがあったからだと思います。
刺激は少ないけれど、「住み続けるには最高の環境」という事です。確かに近くにお店もないし、不便な事もありますが、この自然の中で近隣の人と仲良く生活出来るのは、とても居心地がいいものです。
Q住民の方が思うアピールポイントがあれば聞かせてください。また、エピソードがあれば聞かせてください。
人との絆はとっても大事。
一時期は何もかもが無我夢中で、日常何をするか、優先順位なんて決められない程の目まぐるしさがありました。
菊の収穫時期には整枝が必要で、芽かきという作業が必要です。その頃、何をどうしたら、その作業時間が作れるだろうと悲鳴をあげていた時期・・
ある日帰宅すると、以前菊栽培を教えた友人が「芽かき」をしてくれていたのです。感激と感謝の出来事で、今でも忘れられられません。
辛い時の助けは尚更心に効くものです。
アピールポイントと聞かれ、売り込む強みになる様な事はありませんが、きっと・・お金では買えない素晴らしいものに出会える事でしょう。
人に助けられた人は、必ず誰かを助ける人になると思うし、田舎の付き合いや、環境に不安を覚えてる人も、それは何処でも、隣の町に越しても、大なり小なり不安はあるもので。
みんな助け合いながら生きています。
農業もやり様によっては、とても素晴らしい生きがいになる職業だと思います。
ちなみに私の家は、今だに薪の風呂、薪ストーブの生活ですが、とても充実しています。
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《猿田彦神社》 夏祭りの拠点になっている場所。
祀神 猿田彦大明神は、 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が 天界から宮崎県の高千穂に 降り立った際に(天孫降臨)、 地上世界を案内したとされ、 伊勢の宇治を聖地とし、 全国を開拓したと伝えられ、 物事の始まりを導く 「みちひらき」の神様とされる。 ※諸説あり |
《五里峰 集落センター》 昭和54年に建築され、 区民の様々な活動の拠点として 利用されている場所。 老朽化による不具合も、 平成30年には宝くじコミュニティ助成事業により 屋根や、外壁等の修繕工事も行われた。
※平成31年1月発行 広報いばらきより抜粋
※令和2年度「敬老会並び三世代交流会」の様子 子供達の合唱や、「ひょっとこ」や「おかめ」が登場した場面も。 会場内は、子供達のはじけた笑い声や、 皆の拍手や歓声が飛び交った素晴らしい時間になったそう。 |
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《二十三夜塔と子安観音》 道標もかねていた 二十三夜塔が残されており、 「右ゝぬま こゐぶち 左まつのうち つくば 道」 と記載されている。 隣には子安観音像もあり、 昔ながらの景色が大切に保たれている 区内癒しスポットのひとつ。 上写真:平成4年頃(おおよそ32年前の同場所) ※茨城町史(地誌編)より引用 下写真:令和4年7月撮影 |
Q土地柄自慢や恒例行事など、五里峰区独特な所はありますか?
コロナ禍になる前は、三世代交流会や敬老会、収穫祭等があって、皆で食事をしたり、娯楽を楽しむ行事がありました。7月の夏祭りには大人神輿に子供神輿と、賑わったものです。
皆で何かをする機会も少なくなり、時代も手伝ってか、簡素化されてきたご近所のお付き合いではありますが、また以前のような生活に戻れる事を願っています。
Q最後に・・移住検討中の方へメッセージをお願いします。
「百姓」の本来の意味は、「百の姓」=「百の名字を持つ」ということ。
つまり、いろいろな仕事ができるという意味かもしれませんね。
人に指図される事なく、自分で計画を立て、手間を掛けたら掛けた分だけ応えてくれるのも農作業の魅力です。
現在、農業に携わっている方、また将来農業に携わりたい方。
若い農業後継者の方!ぜひ五里峰区にもいらしてください!
小林美智子さん、ご協力ありがとうございました。
次は谷田部 区(やたべ く) へお伺いします!
(取材日:令和4年7月25日)